Scope3排出量可視化と削減の実践:製造業がリードするサプライチェーン変革への道筋
サステナビリティ推進部の皆様にとって、自社の事業活動における環境負荷削減は喫緊の課題であり、特にサプライチェーン全体で発生する間接排出量、いわゆるScope3排出量の管理は、企業価値向上と事業レジリエンス強化の鍵を握る重要なテーマとなっています。気候変動への国際的な取り組みが加速する中、Scope3排出量の可視化と削減は、もはや一部の先進企業に留まらず、あらゆる製造業にとって避けて通れない戦略的要件へと変化しています。
本稿では、製造業におけるScope3排出量可視化・削減に向けた実践的なアプローチを深掘りし、データ連携、サプライヤーエンゲージメント、そして先進技術の活用を通じたサプライチェーン変革への具体的な道筋を提示します。
Scope3排出量の重要性と製造業が直面する課題
Scope3排出量は、Scope1(自社での直接排出)、Scope2(他社から供給された電力・熱の使用に伴う間接排出)以外の、バリューチェーン全体で発生する間接排出量を指します。製造業においては、原材料の調達から製品の廃棄・リサイクルに至るまで、その排出量の大半をScope3が占めるケースが一般的です。
このScope3への対応が急務となっている背景には、以下の要因があります。
- 高まる規制要件と国際的な潮流: 欧州連合(EU)の炭素国境調整メカニズム(CBAM)のように、サプライチェーン全体での炭素排出量を考慮する法規制が強化されています。日本国内においても、上場企業に対するサステナビリティ情報開示の義務化が進み、Scope3排出量の開示が求められるケースが増加しています。
- ESG投資家の評価軸: 投資家は、企業の気候変動対策の深度を評価する上で、Scope1, 2だけでなくScope3への取り組みを重視しています。CDP(気候変動に関する情報開示プロジェクト)のような評価機関も、サプライチェーンエンゲージメントを重要な評価項目としています。Scope3への積極的な対応は、ESG評価向上を通じた資金調達の優位性にも直結します。
- サプライチェーンレジリエンスの強化: 気候変動リスクは、原材料調達の不安定化や物流網の寸断など、サプライチェーン全体に影響を及ぼします。Scope3排出量の削減は、これらの物理的リスクや移行リスクへの対応力を高め、事業の持続可能性を向上させます。
しかし、製造業がScope3排出量に取り組む際には、その複雑さから多くの課題に直面します。特に、多数のサプライヤーからのデータ収集、算定の精度確保、そして具体的な削減策の実行は容易ではありません。
Scope3排出量可視化の実践的アプローチ
Scope3排出量の削減に着手する第一歩は、現状を正確に把握し、どこに大きな排出源があるのかを特定することです。
1. データ収集とカテゴリ別算定
GHGプロトコルでは、Scope3を15のカテゴリに分類しており、製造業の場合、特に「購入した製品・サービス」「輸送・配送」「販売した製品の使用」などが主要な排出源となることが多いです。
- サプライヤーからのデータ取得: 最も困難な課題の一つですが、サプライヤーに対して排出量データの提供を依頼することが基本です。当初は、一次サプライヤーから優先的に取り組み、徐々に二次以降へと広げていくのが現実的です。
- 活動量データの活用: GHG排出量算定には「活動量(例:使用電力量、輸送距離、購入製品の重量)×排出係数」という式が用いられます。サプライヤーから直接的な排出量データ(一次データ)が得られない場合、自社で把握している活動量データに業界平均の排出係数(二次データ)を適用して算定します。
- デジタルプラットフォームの活用: 複雑なサプライヤーネットワークからのデータ収集・管理を効率化するため、サプライチェーン排出量可視化プラットフォームやLCA(ライフサイクルアセスメント)ソフトウェアの導入が有効です。これにより、データの整合性を保ちつつ、リアルタイムでの進捗管理が可能となります。例えば、一部のプラットフォームでは、サプライヤーが自社情報を入力・開示するだけで、各企業の排出量を自動で算定・可視化する機能を提供しています。
2. サプライヤーエンゲージメントの深化
サプライヤーからのデータ提供は、単なる要請に留まらず、共通の目標に向けたパートナーシップを築くことが不可欠です。
- コミュニケーションと能力開発: サプライヤーに対し、Scope3排出量削減の重要性やメリットを説明し、算定方法や削減策に関する情報提供や研修を行うことで、理解と協力を促します。
- インセンティブの提供: 排出量削減目標達成に貢献したサプライヤーに対し、長期契約や優遇条件の提示、共同での技術開発など、具体的なインセンティブを検討することも有効です。
効果的なScope3排出量削減戦略
可視化されたデータに基づいて、どこに注力すべきかを特定し、具体的な削減策を実行します。
1. ホットスポットの特定と優先順位付け
LCAソフトウェアなどを活用し、どのカテゴリ、どの製品、どのサプライヤーからの排出量が大きいかを特定します。排出量の大きい「ホットスポット」から優先的に対策を講じることで、効率的な削減効果が期待できます。
2. サプライヤーとの協働による削減策
サプライヤーとの連携なくしてScope3削減は実現しません。
- 再生可能エネルギーへの転換支援: サプライヤーが使用する電力を再生可能エネルギーに切り替えることは、自社のScope3排出量削減に大きく貢献します。共同での再生可能エネルギー導入支援プログラムの検討や、RE100達成企業との優先取引などが考えられます。
- 工程改善と効率化: サプライヤーの製造工程におけるエネルギー効率の改善や、廃棄物削減のための技術支援を行います。
- 低炭素材料への転換: 自社製品に使用する原材料について、サプライヤーと共に低炭素な代替材料の選定や開発を進めます。例えば、自動車産業では、軽量化素材やリサイクル素材の採用が積極的に進められています。
3. 製品設計・開発段階での排出量削減
製品の企画・設計段階でライフサイクル全体を考慮することは、将来的なScope3排出量を抑制する上で極めて重要です。
- エコデザイン: 製品の材料選定、製造方法、使用段階でのエネルギー効率、廃棄・リサイクル性を考慮した設計を行います。製品の軽量化は、輸送段階の排出量削減にも寄与します。
- 循環型ビジネスモデルの推進: 製品の長寿命化、修理・リサイクルしやすい設計、使用済み製品の回収・再利用システムの構築など、循環経済への移行を加速させます。
4. 物流の最適化
輸送・配送による排出量は、製造業にとって大きな割合を占めます。
- モーダルシフト: トラック輸送から鉄道や船舶輸送への切り替えを促進します。
- 積載効率の向上: 輸送ルートや積載方法を見直し、無駄のない輸送を実現します。
- 物流拠点配置の見直し: サプライヤーや顧客との距離を考慮し、最適な物流ネットワークを構築します。
ESG評価と情報開示のベストプラクティス
Scope3への取り組みは、適切な情報開示を通じて外部ステークホルダーに伝えることが不可欠です。
- 主要な開示フレームワークへの対応: TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)、SASB(サステナビリティ会計基準審議会)、CDPなどのフレームワークに沿って、Scope3排出量の算定結果、目標、削減戦略、進捗状況などを開示します。
- 網羅性と透明性: 可能な限り多くのScope3カテゴリを対象とし、算定方法の前提条件や排出係数の出典を明確にすることで、情報開示の信頼性を高めます。
- 目標設定とロードマップ: SBTi(Science Based Targets initiative)に準拠したScope3排出量削減目標を設定し、具体的な達成に向けたロードマップを提示することで、企業のコミットメントを示します。
まとめ:持続可能なサプライチェーン変革への第一歩
製造業におけるScope3排出量の可視化と削減は、単なる環境規制への対応に留まらず、競争優位性を確立し、企業価値を持続的に向上させるための重要な戦略です。複雑なサプライチェーンを持つ製造業がこの課題に挑むためには、以下のステップが不可欠です。
- データガバナンスの確立: サプライヤーとの協力体制を構築し、信頼性の高い排出量データを収集・管理する仕組みを整える。
- 戦略的サプライヤーエンゲージメント: 削減目標の共有、技術支援、インセンティブ付与を通じて、サプライヤーとの長期的なパートナーシップを深める。
- デジタル技術の活用: 可視化プラットフォームやLCAツールを導入し、効率的なデータ管理と分析を可能にする。
- 製品ライフサイクル全体での最適化: 設計段階からサプライチェーン全体を見据え、低炭素・循環型のビジネスモデルへと転換を図る。
持続可能な未来への変革は、一企業単独では成し得ません。サプライチェーン全体を巻き込んだ協働こそが、この大きな課題を乗り越え、新たな価値を創造する原動力となるでしょう。貴社がこの変革のリーダーシップを発揮し、よりレジリエントで持続可能なサプライチェーンを構築されることを期待しております。